三重大学伊賀研究拠点      

2016年3月23日

柏原(瀧野)城跡を訪ねて

  社会連携特任教授      加藤 進    
  研究員             紀平 征希
 (公財)伊賀市文化都市協会 木澤 良昭


 久しぶりに、伊賀に戻ってきました。柏原城跡と瀧野氏古城を報告します。まず、googleによる航空写真と国土交通

省の地図で位置を確認しましょう。勝手神社のすぐそばです。この城跡は今まで見てきた山城ではなく、中世の平城に

なります。そんな訳で、「三重の山城ベスト50を歩く(福井健二ら編」には番外編として記録されています。

 曲がりくねった道から虎口に入ります。虎口にストレートに攻められるのを恐れ、いまでもはっきりわかる曲線的に

なっております。平城のためにこのような工夫がされているのでしょう。

 この城の特徴は、

  ①虎口の両側に大きな石を確認することができる、

  ②内部に丁寧に作った井戸(水の手)があり、

  ③曲輪を取り巻くように堀切(茶色で)と土塁(最高部では4mを超えている)

があることです。前回訪れた時は秋でマムシが怖く、こんな物を確認する余裕がありませんでした。さて、土塁に登っ

て、曲輪をみながら一回りすると

  ④「石落とし」と呼ばれる土塁に放射状の切込みです(7か所?W=2030cm     

   d(深さ)=2030cm

です。この「石落とし」は全国的にも珍しいとのことです。この溝を通して石を運び、土塁上から堀切を登って来る敵

に石を落したのでしょう。原始的な戦法ですね。

 さて、この遺跡をでて、勝手神社を右に見て進むと、柏原城で戦士した兵士を弔った墓とその裏側に瀧野氏古城を見

ることができます。瀧野氏古城は恐らくは柏原城跡よりも起源が古いのでしょう。今確認できるのは単郭構造の曲輪で

す。土塁は2-3mある部分もあります。少しはなれたところに、堀切の様なものも確認できます。


柏原城跡の概要(三重の山城ーベスト50を歩くーから) 


虎口と右の石(奥が曲輪) 


曲輪内部(右上が水の手)その上の土塁に石落としが

 
 残存する石落とし溝

周りにある堀切の底

瀧野氏古城(高い土塁、4m)と曲輪
 
こんな案内板も附いています
 
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