三重大学伊賀研究拠点      
 下記の内容は三重大学大学院生物資源学研究科紀要第36号59-68頁(平成22年3月)に記載された内容を編集したものです。
 

三重大学伊賀研究拠点の創設と展開

            三重大学大学院生物資源学研究科

  前田広人

 
 三重大学伊賀研究拠点が200943日にオープンした。実質的な活動期間は未だわずかであるが、この研究拠点の構想そのものは決して新しいものではなく、成就までに長年の経緯が背景としてある。

 伊賀市は合併を期に、それまでの念願であった高等教育機関の誘致を構想していた。そして、誘致する高等教育機関を通して、市民の文化的啓発と地域企業との共同研究の促進を希求してきた。一方、三重大学は大学の中期計画の中で、確固たる地域圏大学の確立を目指して、地域活性化のための連携融合事業を行うことを目標に掲げてきた。この両者の夢が合致し、結実したのがこの『三重大学伊賀研究拠点』である。

 そこで、三重大学伊賀研究拠点の創設にかかわる経緯と今後の展開について紹介したい。


1.これまでの経緯

 伊賀市の高等教育機関の誘致への動きと、三重大学の地域圏大学の確立に向けての動きが同調して、設立につながったことは先に述べたとおりであるが、これまでには多くの紆余曲折があった。そのことに関しての紹介はまた別の機会にゆずるとして、表1にこれまでの大きな節目になる経緯を列挙する。

     



 私が赴任したのは20052月であることから、それ以前のことは記録に頼らざるを得ない。伺い知るところによると、20043月、地元の「ゆめぽりす伊賀クリエイトランド立地企業連絡会」の田山雅敏氏と中井茂平氏によって伊賀市に対し、三重大学の誘致の働きかけが行なわれたのがそもそものきっかけであるとのことである。私の知る限り、このお二方の微に入り細に入りの根回しと尽力のおかげで伊賀研究拠点ができたと言っても過言ではない。

 大学側についていえば、当時の豊田長康学長と森野捷輔副学長が本件を受け具体化してきた。本学の立場から言えば、この両者(民間と大学)の意気込みがなければ本拠点は成立していない。もちろんその後の内田淳正学長の手厚い配慮があったことも記憶しておきたい。また、生物資源学研究科の事務の諸岡眞氏や塩崎克好氏の見事なバックアップがあったことも忘れてはならない。

 担当者として、感謝を述べたいのは、伊賀市の職員の皆さんである。前市長の今岡睦之氏と現市長の内保博仁氏を中心として、企画、商工、農林、建設などの各担当者とさらに
角田康一理事長をはじめとする伊賀市文化都市協会の方々には様々な分野でお世話になった。心からお礼を述べたい。


2.なぜ伊賀か

 伊賀の地理的な特性をあげるとすれば、大阪と名古屋の2大都市圏の中間に位置することであろう。そのため古来より交通の要所として栄え、文物や情報の中継基地として機能していたことは周知の通りである。また、伊賀忍者や松尾芭蕉のふるさととして独自の文化が育まれてきたところでもある。歴史文化の薫る地域には高等教育機関の設置が時代の必然性として望まれて当然であろう。このような背景もさることながら、大学誘致に対する伊賀びとの熱意が最終的な拠点設置の決め手になったのではないかと思う。言い換えれば、それは伊賀びとの三重大学誘致に寄せる希求度の高さであり情熱であると私は考えている。10万人足らずの一つの市が自ら大学の研究施設を誘致して産学官の連携事業をする試みは、少なくとも日本には前例がない。とくに、大学のような特別の法的基盤をもたない地方行政組織の中でそれを具体化するのは斬新な企てである。この点は大いに評価されるべきであると考えている。


 

3.なぜ生物資源学部が世話役をするのか

 三重大学にはすでに、四日市に工学部を中心としたフロントがある。伊賀地域は三重県のメディカルバレー構想などとの関係から、当初メディカルを中心とした拠点形成が検討された。しかし鈴鹿医療大学の創立を機に、メディカルの中心がそちらに移行したこと、また伊賀地域の恵まれた自然環境や農や食を中心とした伝統と文化について考慮すると、生物資源学部が参与するのが適当であるという判断になったようである。現在の運営体制はコチラに示してある。今後、生物資源学部に限らず、他学部からの新しい活動教員の増強にご協力を賜りたくこの機会にお願いする次第である。


4.なにをやるか

 21世紀に入り、10年が経過しようとしている現在、人類史上かつて例をみない巨大な転換期を向かえようとしている。世界も、日本も地球温暖化や人口増加による食糧危機、さらにエネルギー危機の不安をかかえながら未知の時代に踏み入ろうとしている。環境の時代といわれて久しいが、地球規模から身近な環境問題に至るまで、これほど真剣に議論がなされてきたことは前代未聞である。持続的生物生産と環境保全をいかに調和させるかという課題を背負い、大学の使命と責任性は更に重要になりつつある。さらにまた、低迷する日本経済の中にあって、大学に対する要望として、これまで以上に質の高い人材の育成供給とともに、企業や地域への社会貢献が求められるようになってきた。産官にとって「より身近な存在でありうる大学」への脱皮も避けては通れない課題である。

 このような背景から、伊賀研究拠点では、環境・食・文化に関する研究を中心に行なうことを課題として宣言した。図1は三重大学、伊賀市、三重県および伊賀びとのそれぞれの役割と期待される効果についてコチラに示してある。


5.環境・食・文化とは

 伊賀研究拠点が研究対象に掲げている環境の分野では、「環境とエネルギー(バイオマスBDFBio-Diesel Fuel)の高度化)」(写真1)「環境モニタリング(分析技術の高度化)」「環境修復(修復手法の検討)」「環境保全(マツタケ山再生や獣害対策研究)」(写真2)に関する研究を行なうことにしている。とりわけ、 BDFについては伊賀市が中心になって推進するバイオマスタウン構想と連携して、実行面での技術的なサポートを行なうことにしている。

 

     


 食の分野では、「食と健康(新機能食品の開発等)」や「食の安心・安全(有害物質の検出手法の開発等)」に関する研究を行なうことにしている。このために、ICPInductively coupled plasma)分析装置やガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィーなど最先端の研究機器を整備しつつある(研究機器はコチラをご覧下さい)



 文化の分野では、いわゆる「癒し=いやし(テラピー)」に関する研究を行なうことにしている(写真3)。松尾芭蕉や忍者や伊賀焼きなど伊賀地域ならではの素材を活用して、脳波研究などとからめてこれまでにない切り口で取り組みたいと考えている。


 



 上記の研究を中心に、今後の具体的な、活動内容は以下を予定している。

  1)企業との共同研究(新製品の開発、特許取得など技術支援) 

  2)新規企業や新規分野のインキュベーション

  3)すでに入居のインキュベーション5社の立ち上げの補助育成コチラをご覧下さい

 4)高校生などを対象とした理科体験演習

 5)一般市民を対象とした産学官連携セミナーの開催(写真4

  6)専門技術者のワークショップ(先端テクノロジー研究会)や伊賀研究サロンの開催


  

 

 写真4. 産学官連携セミナーの開催(200973日の三重大学発産学官連携セミナーin伊賀2009より)


6.どのような研究所をめざすか

 ここでは大学と伊賀地域が連携して、環境と食と文化に関する新産業の育成を図るとともに、文化的啓発活動を通して、地域活性化に貢献することを目的としている。本拠点の開設後、地元、県内から数多くの見学者にお越しいただいている。人的交流、ネットワーク基盤作りを進めるとともに、これまで大学が地域と連携してきた経験の長所と短所を検討し、大学関係者以外にも理解されやすく、そして多くのひとびとに平易にアクセスされる研究施設をめざしてゆきたい。

 

7.何によって評価されるか

 大学でおこなわれる評価基準とは全く別のものさしを考えている。それは、ベターライフの実現にどれだけ貢献できるかである。いいかえれば、三重大学が伊賀びとの期待にどのように応えることができるか、また希望に添いつつも更なる社会環境への対応をどのように提示できるかにかかっていると考えている。開設後、数ヶ月の経験はそのための模索の繰り返しであったといえる。われわれが敷こうとしているレールには、まだまだ手直しや工夫が必要であろう。そして期待通りの成果が実を結ぶまでには、なお幾ばくかの年月をいただきたいと思う。

 最初の設立年度を迎えるにあたって、この伊賀の地の夢に満ちたやりがいのある仕事に対して、インキュベーション室の諸氏も含めて全スタッフ一同はきわめて意欲的である。しかし、研究スタッフおよび研究施設の補強、各スタッフ間のチームワークの強化、広範囲の業務を少人数で効率よく処理するための体制づくりなど、創設期特有の懸案も少なからず残っている。スタッフ各位のいっそうの努力を期待するとともに、関係各位の益々のご支援をお願いする次第である。